Struggles of the Empire 第1章 伝説の終焉(7)

 7月30日13時、摂政皇太后ヒルダは軍務省に入り、その大広間に主要提督たちと今回の人事で異動する者たちを招集し、軍の新体制を示した。
 ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥には新たに宇宙軍総司令官ポストを用意し、制服組のトップとした。宇宙軍総司令官は非常設のポストであり、三長官の直属の上司になり、軍政・軍令両面に介入権限を持つ。また、三長官職のひとつ統帥本部総長を兼務し、これまで軍務尚書よりは格下とされていた同職を軍務尚書と同格とした。軍人でもあった先帝と違って、軍事には専門家ではないヒルダを補佐する上で、「最高司令官」が必要とされた結果であり、軍事はミッターマイヤーが総覧し、事実上、皇帝権限を代行することになった。
 軍務尚書にはメックリンガー元帥が充てられた。ミッターマイヤーはフェルナーの実務能力を高く買い、フェルナーを昇進させる選択肢もありとヒルダに報告していたが、フェルナーが少将に過ぎず、今回、昇進させて中将としたとしても、バランスから言って、他の元帥たちを「部下」として扱わなければならない軍務尚書職につけるにはまだ時期尚早だった。フェルナーには軍務次官のポストが与えられ、メックリンガーを補佐することになった。軍務尚書は軍人とは言っても、職務内容は限りなく行政職に近かったから、行政職の能力と経験が求められる点で、候補はメックリンガーとワーレンに絞られたが、ヒルダはワーレンには別の任務を与えるつもりだったので、メックリンガーが軍務尚書職に落ち着いた。
 ミッターマイヤーの後任の宇宙艦隊司令長官には、衆人の読み通りに、ミュラーが充てられることになった。鉄壁ミュラーとしてその用兵の才は、先帝ラインハルトと帝国軍の双璧(ミッターマイヤーとロイエンタール)に次ぐ者と誰しもが認めていたので、実戦部隊の最高指揮官となるのは順当な人事だった。
 憲兵総監のケスラーはそのまま留任である。先帝が「余人を以て替え難し」と述べたように、その職務においてケスラーほどの適任者はやはりいなかった。憲兵は汚れ仕事もやらなければならないが、それゆえに非常に高度で厳格な自己を律する能力とある種の徹底した規範意識が必要なのである。時に野卑な任務に当たりながらもケスラーの人格の高潔さにはいささかの曇りもなかったし、そのような矛盾した命題を両立させ得る人でなければ、この職に相応しくはないのである。このたびケスラーが元帥に昇進したことから、憲兵隊はゴールデンバウム王朝時代以来、初めて元帥を組織の長にいただくことになった。
 ワーレンに与えられた任はイゼルローン要塞基地司令官および駐留艦隊司令官、そしてイゼルローン方面軍司令官であった。新領土総督府解体後は、旧同盟領の治安維持活動にあたるべくワーレン艦隊は新領土駐留艦隊の名を帯びてハイネセンに常駐していたが、新領土駐留艦隊は編成を解かれ、新領土を担当する艦隊は惑星ウルヴァシーとイゼルローン要塞に二分して置かれることになる。イゼルローン要塞およびその周辺の諸星域、旧帝国領はアムリッツァ、旧同盟領はティアマト、ヴァンフリート、ダゴン、エルファシル、シヴァ、エルゴン、ドーリアは、ワーレン艦隊の軍政下に置かれることになる。ただし、新たに「イゼルローニア」という名がつけられることになったその地域のうち、純粋に軍政下に置かれるのはイゼルローン要塞のみであり、その他の地域については行政機構を温存し、それぞれの星域ごとの総督職をワーレンが兼務するという形になる。これによってワーレンは軍人であると同時に行政官を兼ねることにもなったが、銀河系のもう一つの回廊地帯の連結を強固にし、帝国軍の機動性を強める目的がそこにはあった。
 ビッテンフェルトは形の上では無任所の元帥であったが、その艦隊はウルヴァシーに駐留し、フェザーンを守る要となった。黒色槍騎兵艦隊は遊撃軍としての性格を強め、いわば事があれば先陣を担当し、海兵隊的に用いられることになった。以後、ビッテンフェルト艦隊は出動率が最も高い艦隊となるのである。
 アイゼナッハには旧帝国領駐留艦隊司令官および旧帝国領方面軍司令官の任が与えられ、旧帝都オーディーンに常駐することになった。旧帝国領に常駐する元帥はアイゼナッハただひとりであり、銀河帝国にとっては本丸とも言える旧帝国領を守る任は彼に一任されることになった。ロジスティックスの第一人者として、新領土にことがあれば補給を担当することにもなっていた。

 ミッターマイヤー艦隊はミッターマイヤーが前線を退く形になることから、バイエルラインとジンツァー、ドロイゼンの三提督がそれぞれ上級大将に上げられ、艦隊を三分することになった。ただし、ミッターマイヤーが出陣する際は、それら艦隊は合流し、宇宙軍総司令官の直属の艦隊となる。
 一方、メックリンガー艦隊は、メックリンガーが軍務尚書に就任することから完全に解体され、再編成された。
 ラインハルト直属艦隊も解体され、各艦隊に組み込まれたが、帝国軍総旗艦ブリュンヒルトのみは引き続き皇帝の玉座艦として運用され、摂政皇太后もしくは皇帝アレクサンデル・ジークフリードが親征する際は、統帥参謀総長でもあるミッターマイヤー元帥も乗船することから、通常はミッターマイヤー直属のバイエルライン艦隊に編成される。艦長のザイトリッツは准将から少将に昇進した。

 皇帝副官、親衛隊にも大幅な異動が必要だった。皇帝ラインハルトの崩御によって、皇帝職と皇帝権限はそれぞれアレクとヒルダに二分されることになったが、アレクがいまだ零歳児であり、公務を何ら行わず、宮殿から移動することもないことを踏まえれば、主力は摂政皇太后の警護にあてられるべきだった。
 ラインハルトの副官であり首席幕僚であったシュトライトは、そのまま名目的には皇帝首席幕僚でありながら、摂政職の任にヒルダがあることから実際にはヒルダの首席幕僚となった。それに際して昇進し、階級は大将となった。
 ラインハルトの次席幕僚であったリュッケ少佐は、遅ればせながらウルヴァシーで皇帝の身を守った功績によって中佐にあげられ、さらに今回の異動によって大佐になった。皇帝アレクの幕僚の任はリュッケが担当することになったが、アレクが軍事面についてどうこう差配するのは現時点ではあり得ないので、「形式的な職務にリュッケをあてるのは宝の持ち腐れ」とのヒルダの考えから、シュトライトとともにヒルダを補佐することになった。
「シュトライトとリュッケは、艦隊を率いさせればひとかどの提督となり得たはずであり、少なくとも上級大将には達していても不思議はなかった。才があるからこそ先帝陛下が周囲に敢えておきたがり、その結果、才に比して昇進が遅れたのは両名にとっては気の毒であった」
 とミッターマイヤーは評し、ヒルダにもそう伝えている。その思いはヒルダ自身も抱いていたので、折に触れてこの両名の昇進速度を速めている。
 親衛隊についてはキスリングが少将となり、ユルゲンスが准将に昇進した。キスリングが摂政皇太后警護の責任者となり、ユルゲンスは皇帝アレクならびにグリューネワルト大公妃アンネローゼの警護責任者となった。