Struggles of the Empire 第4章 ワルキューレは眠らず(2)

 座談は弾んで、軍務尚書憲兵総監も腰を上げ難く、仲間内の冗談話から帝国の重鎮としての将来の経国について、話の内容は多岐に及んだ。
「これは卿らの耳に入れておいてもいいだろう。ただし他の者、他の元帥たちにも他言は無用。国務尚書より伺ったところ、皇太后陛下は大公妃殿下のご結婚相手をお探しらしい。適当なお相手がいらっしゃれば、結婚することについては大公妃殿下もご同意とのこと」
 ミッターマイヤーが皇家にとっては秘中の秘とも言えるこの計画を、メックリンガー、ケスラー、両元帥に打ち明けたのは、これが王朝の存続に直結する事案だったからだ。
「やはりお考えでいらっしゃったか。大公妃殿下は御年31歳、お子をお産みになられることを考えれば、我らもそうそう悠長に構えてはいられませんな」
 内輪の話なので、ケスラーは直截的な表現をした。口にする者はほとんどおらずとも、ローエングラム王家に係累が少ないことは王朝の弱点であり、アンネローゼが結婚して子を産むことは当面、唯一の打開策であった。ケスラーは公安部門を管轄するだけに、万が一の場合を想定しないわけにはいかず、突発的に現皇帝が夭折した場合、何が発生するかを想定したこともある。ヒルダが健在の間は当面、ヒルダが管轄する政府が存続するだろうが問題は次世代の話である。ヒルダが再婚して、マリーンドルフ王朝を開き、新たに得た子に王朝を伝えることも可能性としては無くはないが、女帝の夫に誰を選ぶかと言う難題があり、そう都合よく子を得られるとも限らない。そもそもヒルダが摂政の座にあるのはローエングラム王家の一員としてであり、ローエングラム王家の血統につながらない新王朝を打ち建てれば、現政権を維持している血統のカリスマそのものが否定されることになる。
 摂政皇太后が没した時に皇家に他に人がいないのであれば、理屈から言って王朝を継承し得るのはかつてラインハルトに帝位を禅譲した女帝カザリン・ケートヘン、現在のペクニッツ公爵夫人のみであろう。そうなればゴールデンバウム王朝の復活になるが、それは現王朝の廷臣すべてが望むところではない。
 ただし万が一に備えて、オーディーンのペクニッツ公家を、ケスラーは監視と警護を続けている。ゴールデンバウム王朝の復活であっても、無秩序からの争乱状態よりはマシだからである。
「それで、その適当なお相手というのは、お決まりか」
 メックリンガーのその問いにミッターマイヤーは首を振った。
「現時点では具体的な話ではなくて、言わば政府と軍のそれぞれの代表者として条件を詰めておこうという話だった。俺も自分の考えを言ったが、この際、卿らの意見も聞いておきたくてな。軍務尚書は試しに条件を挙げてくれんか」
 メックリンガーは問われるままに答えた。
「まず第一に政治的野心が無いこと。それでいて政治的な才覚はあること。人品が卑しくなく、公明正大であること。旧王朝や旧同盟とつながりがないこと。重んじられるに足る、実績、経歴があること。年齢的に大公妃殿下に釣り合うこと。皇帝陛下、皇太后陛下を敬い、支える存在であることを意識している人物であること。できれば魅力ある風貌であること。民衆から人気があること、もしくは人気を獲得し得ること。後は言うまでもないことですが、犯罪歴や破産歴等々がないことでしょうか。
 まあ、思うがままに挙げて見ましたが、これらすべてに当てはまるような人物はそうそうおりませんな。第一皇位継承者の配偶者という立場はなかなか難しいものでしょうから」
 それを聞いていて、ケスラーははっとした表情を浮かべた。
「どうしたケスラー。心当たりでもあるのか」
「いえ、まあ、まずは首席元帥のお考えを拝聴したく思います」
「たぶん、俺が思い浮かんだ者と同じ人物だろうよ。俺と国務尚書が挙げた条件も、メックリンガーが言ったようなことだった。そして互いに、彼ならば適任ではないかと思い浮かんだ名がある。ケスラー、卿が思い浮かべたのは砂色の髪のあの男であろうが」
「鉄壁ミュラー、ですね」
 メックリンガーもその名を聞いて得心した。
「なるほど、ミュラーならば、適任でしょう。ただ難を言えば、彼は宇宙艦隊司令長官の要職にある身、妃殿下の夫君となれば軍籍を離れることになりましょうから、軍としては痛手になりましょうな」
「むろん、それについても国務尚書とは話し合った。ミュラーに抜けられれば痛いのは確かだが、司令長官職であれば、ワーレンやビッテンフェルトでも務まろう。ワーレンは特殊な任務であるから動かせないだろうが、ビッテンフェルトの現状の任務ならば、バイエルラインあたりに振っても遺漏はなかろう。結婚相手を探すとしてもやみくもには動けないのでな、国務尚書とはまずは第一候補としてミュラーを選定することを実は合意した」
「ただこればかりは、当人同士の意向もありますからな」
 ケスラーのその指摘に、ミッターマイヤーは頷いた。
「むろん、無理強いしてうまくいくはずがない。ただ、自然に任せていて、誰が皇位継承者第一位の女性に求婚すると言うのか。いたとしてもろくでもない男だろう。ある程度は、道筋をつけておかねばな。ミュラーは月二回は月例会議で帝都に戻るから、次の機会にでも感触をあたってみようかと思う」
「事は慎重に運ばれるべきでしょう。もちろん、事が国家の大事であること、ミュラー提督ならば言われずとも承知するでしょうが、ミュラー提督はいまだ青年気質の、清流のようなご人格、国家の利益に大公妃殿下が翻弄されること自体に嫌悪を示し、協力をしぶることもありそうな話です。正面からあたってはかえって話がこじれるかも知れません」
 メックリンガーは言外に、話を切り出すものとしてはミッターマイヤーは不向きであるかも知れないと述べた。正々堂々の男が公明正大の男と対峙すれば、正面衝突するしかなく、話がずれにずれてしまうことも想定されたからであった。ミッターマイヤーはその点、自分でも不安があったので、メックリンガーの言に頷いた。
「では卿があたるか、メックリンガー」
「そうさせていただきましょう。妃殿下のご真意については、ご友人のヴェストパーレ男爵夫人から伺ってみることにしましょう」
 ケスラーも同意のようで、深く頷いた。
「ふむ。ではヴェストパーレ男爵夫人には卿から協力を求めてみてはいただけないだろうか。この件は軍務尚書に仔細を預けたいか、よろしいか」
「分かりました。まずは数日中にこの件について男爵夫人に面談を求めることにしましょう。報告は首席元帥と国務尚書に、口頭で行うとしましょう」
 そして雑談でもあり、帝国軍最高首脳の密談でもあるこの座談はさらに続くのであった。