Struggles of the Empire 第4章 ワルキューレは眠らず(9)

 宮廷に伺候して皇太后とグリューネワルト大公妃に面談する前に、ミュラーはミッターマイヤーに呼ばれて、帝国軍最高首脳の一人として今後の人事案件について話すことになっていた。おそらく、宇宙艦隊司令長官としては、最後の任務になるかも知れなかった。
 ミッターマイヤーには帝国軍総司令官としてミッターマイヤー元帥府が用意されているが、通常は統帥本部にて執務を採っていた。その日、そこに集められたのはミッターマイヤー、メックリンガー、ケスラー、ミュラーであり、つまり帝国軍三長官と憲兵総監、この頃から俗に憲兵総監を含めて「帝国軍四長官」という言い方が広まりつつあったが、その四長官が集ったことになる。
「本来であれば、超光速通信で、ワーレン、アイゼナッハ、ビッテンフェルトらにも参加してもらうべきなのだが、今回は彼ら自身、人事対象者であるので、言わば残りの四元帥で話を進めることにした。了承されたい」
 まず、ミッターマイヤーがそう口火を切った。
 第一の議題として、ミュラーの後任の宇宙艦隊司令長官に誰を充てるか、この際、ミッターマイヤーが兼務している統帥本部総長職にも誰か適当な者を充てるべきかをミッターマイヤーは提示した。
「もちろん最終的な決定は皇太后陛下がなされるが、我らは軍の首脳として、それなりの青写真を提示しなければならない。単に役職に誰かを充てるという話ではなく、上級大将以下の将兵を今後どのように動かしてゆくか、軍全体の組織的な観点から意見を出して貰いたい」
 ミッターマイヤーのその言葉を受けて、まずケスラーが自論を開陳した。
「元帥たちのうち、ワーレンは特殊な任にあって、イゼルローン総督の地位は閣僚級、つまり軍務尚書と同格だ。宇宙艦隊司令長官は三長官のひとつではあるが、これにワーレンをあてれば、法理上は降格になる。それもあるが、ワーレンの任務は皇太后陛下肝煎りの、言わば政権の看板とも言える事業であり、今この時点でワーレンを異動させることには当人も皇太后陛下も是とされないだろう。従ってワーレンは候補から外さなければならない。
 同じ理由から、私も当面は憲兵総監の任を離れるわけにはいかないだろう。ブレンターノをそろそろ上級大将に上げて、後任の準備をさせたいが、まあ、後何年かは準備が必要だろう。憲兵隊は特殊で、総監たる私しか把握していない事柄も多く、ブレンターノに任せるにしても相応の手順が必要だ。
 アイゼナッハは後方支援の練者であるが、前線の経験は少ない。司令長官には不向きだ。しかしアルターラントの混迷ぶりを見れば、アイゼナッハを替えた方がいいかもしれないと思うが、となると元帥ではビッテンフェルトがアルターラント担当として向いているかと言えば、あの男では騒乱を大きくしかねない。メックリンガーかワーレンか、あるいは私がオーディーンに赴くべきなのかも知れぬが、あいにく我々は動けない。ミュラーからオルラウ大将を上級大将に引き上げる要請が出されているがこれを受け入れるなら、オルラウをアイゼナッハの首席参謀として派遣するべきかも知れない。彼ならばこういう任務にはうってつけだろう。
 宇宙艦隊司令長官に上級大将をあてる、あるいは上級大将の中から新たに元帥に叙するという考えもあり得るが、新政権になってまだ半年弱、七元帥の合議体制を崩すのは危険だし、時期尚早だろう。ここはビッテンフェルトを素直に任じるのが良いかと思う」
 次いで、ミュラーが発言を求めた。
「オルラウ大将を上級大将に任じることについては、さきほど、首席元帥と軍務尚書の両閣下の内諾をいただきました。ここで改めて整理をすれば、現在上級大将の任にあるのは、バイエルライン、ジンツァー、ドロイゼン、ブラウヒッチ、ヴァーゲンザイル、アルトリンゲン、グリューネマン、グローテヴォール、ハルバーシュタット、グレーブナー、クルーゼシュテルン、グリーセンベック、それにオルラウと、ついでにと言っては何ですがこの際、ブレンターノも昇進させた方がいいでしょう、ブレンターノを加えれば、14名になります。分遣艦隊の提督たちが多く、我々元帥の指揮下に慣れていることもあって、性格がよく言えば果断、いささか軽率な傾向があるのはご承知の通りです。このままでは彼らの多くは上級大将どまり、元帥に叙せられるべき知勇兼備、豪胆さと冷静さを兼ね備えていると言えるのは、私見ではオルラウとブレンターノ、そしてこの先精進すればバイエルラインはその域に達するかも知れません。それと、いまだ上級大将ではありませんが、ビッテンフェルト旗下のオイゲン少将と軍務次官のフェルナー中将、皇帝首席幕僚のシュトライト大将、彼らは随時昇進させ、いずれ元帥に叙すべき人材です。私が思うに、将来、元帥に叙すべき者、あるいは帝国軍首脳に加えられるべき者は、彼ら、オルラウ、ブレンターノ、バイエルライン、フェルナー、オイゲン、シュトライト以外にはいないように思われますが、まずはこの点、諸卿のお考えはいかがでしょうか」
 ミッターマイヤー、メックリンガー、ケスラーにも異存はなかった。現在の上級大将のほとんどは、言わば上司の余慶を被ってここまで昇進したのであって、自立して決断すべき立場に置くには、まして帝国軍そのものを彼らに委ねるには大いに不安があった。ロイエンタールの叛乱以前はクナップシュタインやトゥルナイゼンなど次代を担う人材と目される者もいるにはいたのだが、彼らは既に戦死したり、汚名の果てに退場したりしていた。現在の上級大将よりも、その下の階級にむしろ見るべき人材がいると言う点では、少なくともこの四元帥の間では意見が一致していた。
「では話を続けます。今回の人事では、これら次代の首脳候補を直接取り立てるまではしないまでも、その道筋を見据えた人事を行うべきでしょう。将来の話としては、私見では、軍務尚書にはフェルナー、統帥本部総長にはオルラウ、宇宙艦隊司令長官にはバイエルライン、憲兵総監にはブレンターノが充てられるべきかと思います。もちろんこれは約束されたものではなく、今後の彼ら自身の功績いかんによる話ですが、今の上級大将たちを順送りでその任にあてるべきではありません。
 私の後任の宇宙艦隊司令長官はビッテンフェルト提督をという点ではおそらくみなさんのご意見は一致しているでしょう。宇宙艦隊司令長官は前線の指揮官ではありますが、軍行政的な役割もあり、おそらくその面においてはオイゲンが担うことになるでしょう。それに応じてオイゲンを引き立てれば良いと思います。フェルナーは既に将来の軍務尚書のコースにありますのでそれでいいとして、ビッテンフェルトの後任、ウルヴァシー駐留艦隊司令官にはバイエルラインを充てれば良いと思います。任務としては元帥級の任務ですし当人もはりきるでしょう。これを難なくこなせば、将来において宇宙艦隊司令長官の道が開け、ウルヴァシーを担当して、司令長官に就任すると言うコースが確立されるでしょう。司令長官候補には今後、ウルヴァシーを担当させてみて、最終試験とすればよいかと思います。
 オルラウにはこの際、後方支援などのこれまで経験のない分野を経験させておくのも、統帥本部総長候補としては必要だろうと思います。アイゼナッハの下に付けるのはそういう意味でもいい案ですし、アイゼナッハが苦労しているならば、オルラウは頼れる参謀になるでしょう。
 ブレンターノについてはケスラー提督のお考え次第ですが、上級大将にはこの際、是非とも引き上げておくべきかと思います。既存の上級大将たちにはともかく、オルラウとは昇進を同一にして彼らを切磋琢磨させるべきでしょう」
 まことにもって筋の通った話で、三提督はうなづいた。
 続いてメックリンガーが発言を求めた。
「ケスラー、ミュラー両提督のご意見はまったくもってもっともで、同意と簡単に言うしかありませんが、付け加えるならば、統帥本部総長の職をどうするかと話をいたしましょう。
 今現在の元帥たちの間で、自由に動かせるのはビッテンフェルトしかおらず、彼を司令長官にあてれば単純に統帥本部総長にあてる元帥がおりません。上級大将たちのいずれかをこれにあてるのは未だ時期尚早なれば、当面は首席元帥に兼務していただくのが最上かと思います。ひとつの案としては、フェルナーを軍務尚書にあて、私が統帥本部総長に横滑りする、あるいはアイゼナッハを統帥本部総長にして、私がオーディーンを担当するという考えもあり得ます。フェルナーは階級こそ中将ですが、今すぐにでも軍務尚書の任は十分に務まります。かのオーベルシュタイン元帥の下で研鑽を重ねた男ですので、オーベルシュタインの思考を採用するかどうかはともかくとしてその思考の働きを理解しているという点においては、軍務尚書としては非常に有利な性質でしょう。いささか、強引ではありますがこの際、特進させて、フェルナーを上級大将にするのもひとつの手です。
 もしアイゼナッハに旧帝国領を委ねて今後不安があるならば、私がオーディーンに赴きます。代わりのポストが統帥本部総長ならば、アイゼナッハにも不満はありますまい」
 うむ、とミッターマイヤーは頷いた。
「いざとなればそうして貰うかも知れん。アイゼナッハは有能な男だが、職能が兵站に偏っているきらいはある。むろん、兵站は重要であり、それを知らしめるためにオーベルシュタインの進言を入れて、亡きカイザー・ラインハルトはアイゼナッハをとりたてた。それはそれでひとつの識見であるが、独立したジェネラルとして見た場合、アイゼナッハについては正直、不安がある。あの寡黙な性質も、組織の上に立つにおいては、極端に過ぎるだろう。上に立つ者は、言って見せて、やって見せて、褒めて、叱って、ねぎらってを行わなければならない。アイゼナッハはそんな芸当は出来ないだろう。正直言って彼を統帥本部総長に充てるのは俺は反対だ。反対だが、あからさまに左遷するのも、情から言って抵抗がある。本当はそんな風ではいけないのだろうが。我々七元帥は戦友だからな。こればかりは割り切れない。旧帝国領担当は適任だと思ったのだがな。まさか、こんな情勢になるとは、思いもしなかった。乱があるとすればノイエラントでだとばかり思い込んでいた。統帥本部総長ならば、フェザーンにあって、実質、俺が統帥本部に総司令官として影響を及ぼせる。いざとなればアイゼナッハをフェザーンに引き取ろう」
 ミッターマイヤーはそう言って、会議を締めくくった。オルラウとブレンターノには即日辞令が下りて、両名は上級大将に昇進した。