Struggles of the Empire 第4章 ワルキューレは眠らず(12)

 グリューネワルト大公夫妻の結婚の翌日、慶賀ムードを一掃するかのような知らせがもたらされた。
 旧帝都オーディーンで大暴動が発生したのである。暴徒たちは郊外のスラム街から帝都の中心部に押し寄せ、官公庁や富裕層が住む地区で破壊と略奪を行った。被害状況がかなり長時間に及んで判明しなかったのは、この暴動に終息が無かったために、全容の把握が困難であったからだ。
 暴徒の群れは百万人単位であり、早い時期にヴァルハラ星系の総督府は襲われ、行政機構が早々に麻痺したことも事態の把握を難しくした。アイゼナッハはアルターラント方面軍司令官の権限で以て、戒厳令を発動し、一時的に全権を自身に集中させた。
 アイゼナッハが常在するアルターラント方面軍司令部、建物としては旧軍務省庁舎を使用していたが、そこにも暴徒たちが押し寄せてくる危険があり、実際、暴徒に占拠されるに至ったのだが、その前にアイゼナッハは司令部を自身の旗艦ヴィーゼルに移し、上空から指揮を執ることになった。
 オーディーンの血の夜と呼ばれたこの暴動が単なる暴動に留まらない、革命の規模にまで及んだのは、暴徒たちがそれなりに組織化されていたからである。その組織者たちが誰なのか、どのような背景を持つかまではその時点では分かっていなかったが、軍をリストラされた元軍人たちが多数関与していることはすぐに分かった。アルターラントに困窮を強いている現体制の打破を、彼らは訴えており、取り締まる側のはずの軍下士官の間でも、それに呼応するような動きが幾つか見られた。
 アイゼナッハは早々に鎮圧を諦め、可能な限り最大数の将兵を地上から上に上げさせたが、ひとつには軍が鎮圧に乗り出せば取り返しのつかない大規模な流血沙汰が発生しかねないからであり、もうひとつは軍の下士官たちが暴徒たちに呼応しかねないからであった。
 アイゼナッハはオーディーンはとりあえず放置し、この暴動が他星系に飛び火しないよう、手持ちの艦隊を各地に派遣し、それでも足りない分については、帝都フェザーンに対して増援の緊急依頼を行った。
 暴徒たちに宇宙艦隊兵力はなかったから、帝国の覇権が脅かされるレベルの話ではなかったが、統治行為は実質的に停止しており、早々に対処しなければならない事態なのは確かであった。
 この事件がグリューネワルト大公夫妻の結婚に期を合わせるかのように生じたのは偶然ではなく、他の地域では純粋に慶賀の雰囲気をもたらしたのだが、絶望的な困窮に喘ぐ人々にとっては、自分たちの生活とはかけ離れたところで「結婚ごっこ」をしていると映り、怒りの火に油を注いだのであった。むろん、組織者たちはそうなることを見越して、この日に照準を合わせていたのであり、これが彼らからローエングラム王家に対する結婚祝いであった。
 事態を受け、帝国軍首脳部においては即日に宇宙艦隊司令長官の後任にビッテンフェルト元帥を任命、ビッテンフェルト自身はドライ・グロスアドミラルスブルク要塞に留まったが、その指揮下の諸艦隊は旧帝国領に直ちに進発することを命じられた。ウルヴァシーからはバイエルライン上級大将がその指揮下の諸艦隊を率いて同じく旧帝国領に向けて進発、イゼルローンのワーレンに対しても、イゼルローン回廊から旗下の諸艦隊を旧帝国領に派遣することが命じられた。
 内閣がこの情勢を正確に把握しきれていなかったことについて、オスマイヤー内務尚書が辞表を提出し、受理され、後任には前新領土民事長官であったエルスハイマーが就任した。以後、内閣は国務尚書の信任を受けつつ、エルスハイマーが実質的に主導してゆくことになる。
 ユリアン・ミンツは憲兵総監のケスラーから緊急の呼び出しを受けて、バーラト自治共和政府、あるいは旧ヤン艦隊がこの事件に関わっているのではないかとの疑念を向けられた。
「まったく心当たりがないことですが、そうおっしゃるからにはそれなりの理由がおありなのでしょう。よろしければそれが何なのか教えていただけませんか」
「まだ確定情報ではないが、暴徒たちを組織化している男、少なくともそのうちの一人がある人物ではないかとの情報がある」
 そう言われてユリアンは鼓動が早くなるのを感じた。自分が呼び出されるような旧ヤン艦隊の関係者で、なおかつ暴徒を組織化するような男。今現在、物理的にバーラト星系にいない男。
「その男はオリビエ・ポプラン。卿の友人であろう」
 やはり、とユリアンは思った。
「ここで名が挙がった人物が卿やアッテンボロー提督であったならば、私も一笑に付すところだが、正直言って、ポプランであれば、成り行き上であるかも知れないが、こういうことに関与しないとは言い切れない。正直に言って、卿はどう思う。ポプランが扇動者である可能性はあると思うか」
「仮定のことについては現時点では何も申し上げられません。ただ、その人物が仮にポプラン中佐であったとしても、バーラト自治共和政府が関与していることは万が一にもあり得ないでしょう。今、帝国と敵対して良いことなんてバーラトにはありませんから」
「しかし、先年の選挙では、自由惑星同盟の旗が公然と掲げられたと聞いている。これは帝国に対する敵対行為とまでは言えなくても少なくとも友好的な行為ではないはずだ」
「おっしゃる通りです。しかし民主主義にあっては政府は民衆が好きな旗を掲げる権利を制限することは出来ません。その制約の中に自治共和政府もまたあることをどうぞご理解ください。自治共和政府は帝国との友好関係を維持し、旧同盟領の他星系に対してもどのような意味においても影響を及ぼそうとはしていません。仮に旧同盟の民主主義者たちが帝国に敵対する動きを企てたとしても、彼らはまず、自分たちの旧領であるノイエラントを回復することに主眼を置くはずで、旧帝国領に手を伸ばすことは思いもつかないはずです。ましてオーディーンは旧帝国領の本丸、そこの民衆たちにいきなり民主主義を説いても、長年に渡って同盟と敵対してきた彼らの共感をたやすくは得られないでしょう」
「うむ。私としてもそういうことは理解しているのだ。しかし猜疑するのが任務であってね、一応、卿の見解を訊いておかなければならないと思ったまでのことだ。失礼があったならば謝罪する」
「いえ、お互い立場があってのことですから」
「そう言ってもらうと助かる。助かるついでにひとつお願いしたい。暴徒の首脳の中にポプランがいる可能性があることを、ヤン夫人にお伝えしていただきたい」
「よろしいのですか?」
「そうして欲しい。我々が正式のチャンネルを通して伝達すれば、帝国と自治共和政府の間の問題になってしまう。万が一、万が一にもあり得ないことであるが万が一、ポプランが自治共和政府の命を受けて動いているならば、我々が把握していることを知らせることで以て牽制としたい。この件がどうなるのか、まだ先行きも分からぬが、両政府の間のトゲになるだろうことは予想される。今のうちに善処できることがあれば善処して置いて貰った方がいいだろう」
 ケスラーが言っているのは、仮にポプランが自治共和政府の密命を帯びている、あるいは彼から接触があったならば、早い段階で証拠を消しておけ、帝国側としてはこの件を大きくするつもりはないと言っているのであった。
「万が一、その人物がポプラン中佐であったならば、彼の処分はどうなるのでしょうか」
「イゼルローン共和政府の一員として対峙した時とはわけが違う。彼は今では法的には帝国の国民であり、皇帝陛下の臣下である。帝国に弓引くようなことがあれば反逆罪を適用せざるを得ないな」
「そうですか」
 ユリアンの表情が曇ったのを見て、ただし、とケスラーは付け加えた。
「ただし巻き込まれただけならば、そして二度とこのような不埒な振る舞いをしないと我々が確信できるならば、我々としても百万を超える暴徒すべてを処分するわけにもいかない。まあ実際には見逃すことになるだろうよ」
 その言葉でケスラーはこの件をユリアンに預けたのである。仮にその人物がポプランであって、彼を救済できるかどうかは、ユリアンが上手くとりつくろえるかどうかにかかっていた。
 しかし旧帝国領で何が起きていたのか、それにポプランがどう関わっていたのかを見るためには、我々はしばらく時間をさかのぼらなければならない。