Struggles of the Empire 第6章 終わりなき夜に生まれつく(7)

 ゴールデンバウム王朝銀河帝国軍大本営、旧軍務省、ゾンネンフェルス提督の執務室からはじけるようにして出てきたポプランは、廊下を歩くエーリッヒ・ブラウンを見つけると、いきなりその胸倉をつかんだ。
「おい、あれは貴様の仕業か!」
 ブラウンの「副官」たちがポプランを離そうとしたが、今は陸戦遊撃隊を率いるポプラン“上級大将”は彼らなど簡単に蹴とばした。
「何の真似だ。事と次第では軍法会議ものだぞ」
「やかましい!ワーレンの息子を殺したのは貴様かと聞いている!」
 その瞬間、ブラウン“上級大将”は身を翻し、ポプランは腕を逆向きに抑えられた。
うぐぅあああっ!」
「そうわめきたてるな。ひねっただけだ。捻挫にはなるだろうが、骨は折れておらん。卿には陸戦遊撃隊を率いてまだ働いてもらわんといかんのでな」
 オリビエ・ポプランは遊撃王ではあるが、同時に白兵戦の訓練も相当に積んでおり、薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊と行動を共にして遜色がなかった男である。言わば、マーシャルアーツのプロであり、物理的な肉弾戦でそう簡単に後れを取るはずがなかった。
「…貴様、いったい何者だ」
 エーリッヒ・ブラウンは帝国軍においては補給畑でキャリアを積んでいて、その経歴どおりの男ならば、本来、戦闘のプロフェッショナルであるポプランを組み伏せられるはずがなかった。
「それを聞いてどうする。聞いてしまったらお互い、後には戻れんぞ。もっとも、卿にはいずれいやがうえにも聞いてもらうことになるがな」
「ワーレンを殺そうとしたのは貴様だな」
「イゼルローン総督は帝国の統一政策を象徴する存在。これを殺害しようというのは当然だと思うが」
「罪もない子供も道連れにしてか」
「ポプラン上級大将。我々は伊達や酔狂で革命ごっこをしているわけではないのだ。オーディーンを包囲されている今、我々の腕が容易に包囲をくぐりぬけられることを示したまでのこと」
「テロでは歴史は変えられんぞ」
ヤン・ウェンリーの受け売りか?ヤン・ウェンリーの死によってエル・ファシル革命政府は瓦解し、軍人主体の軍事政権であるイゼルローン共和政府に移行した。テロによってシヴィリアンコントロールの民主主義政府が打倒された一例さ。ヤン・ウェンリーは用兵家としては天才だったが歴史家としては三流だ。テロによって歴史が覆った例などいくらでもある」
「ヤン提督を愚弄する気かっ」
「なるほど、卿の忠誠は未だにヤン・ウェンリーのみに対してあるというわけか。それでよい。卿の内面を買おうとは思わぬ。私が欲しいのは卿の能力と、それと名前だ。ヤン・ウェンリーの股肱である卿がここにいるということ」
 ブラウンは副官たちに手を振って、副官たち自身を含めて人払いをさせた。
 ブラウンは腰をおとして、ポプランの耳にささやいた。
「卿がここで名目は何であれ、ローエングラム王朝に対して戦いを続けている、そのことが重要なのだ。その姿を見せることで必ずや、ノイエラントの人々を鼓舞することになる。いや、私が必ずそうさせる」
「…ノイエラント?ノイエラントが帝国同胞団にとって何の関わりがある。ハイネセンと連絡を取って二正面作戦をとるつもりか。ヤン夫人はそう簡単に話にはのらんぞ。卿がノイエラントに手を突っ込めば、それだけフェザーンも追いつめられ妥協の余地がなくなる。どうするつもりだ。適当なところで妥協し、皇太后を交渉のテーブルに引きずり出すのがオーディーンのためではないのか」
「オーディーンのため?そんなものはどうでもいい。時代の変化についていけないことを他人のせいにする愚かな連中の巣窟ではないか、ここは。我が目的はただひとつ、自由惑星同盟の復活のみ」
「…あんたは…」
「知ったからには協力してもらうぞ。同じ祖国の旗を仰ぐ者として。同盟の民衆が徹底抗戦に転じれば、畢竟、アルターラントでさえ抑えきれていないローエングラム王朝に同盟全土での反乱に抗しきれる体力はない。アムリッツァで帝国が同盟軍に対して行った焦土作戦を攻守を替えて行うのだ。ハイネセンを落とせばそれで終わりというようなゲームではないようにすればいいのだ。自由惑星同盟は滅びぬ。民主主義が専制政治に敗れることなどあってはならんのだ」
「ワーレンを襲ったのも、同盟の残党か?」
「残党とは嫌な言い方だ。政府は帝国に屈し、軍は瓦解したが、それが同盟のすべてではない」
「軍ではないとすれば、同盟警察か!?」
「さあ、そこはさすがに明言しかねるな。卿は知らんでもいいことだ。ともあれ祖国のために働いてもらうぞ、ポプラン“中佐”。それはともかく、ご婦人が卿をお待ちのようだ。クロジンデ、そこにいるのだろう」
 廊下の先、物陰からクロジンデが姿を現した。
「ブラウン上級大将閣下、ポプラン上級大将に何か落ち度でもありましたか。態度は悪い人ですが、性根はまっすぐな人です。どうか、許してやってください」
「いや、なに、男というのはどうも野蛮でな、時々は拳で語り合うこともある。ポプラン上級大将も分かってくれた。何のわだかまりもない。では、ポプラン上級大将、先刻の話、くれぐれもよく考えてくれたまえ」
 そう言って、ブラウンはその場を立ち去った。
 クロジンデはポプランに駆け寄り、背中を支えて上体を起こさせた。
「ブラウン閣下は恐ろしい人よ。あの人には逆らわないで」
「ふん、恐怖で抑えつけている大義など、たかが知れている。クロジンデ、こんなことが君が本当に望んだことなのか。ブラウンはテロを引き起こそうとしている。今後ますます、テロの犠牲者が増えるぞ」
「それでも、状況を変えるにはこうするしかないのかも知れないわ」
「あいつは君を利用しているだけだ。ゾンネンフェルス提督さえも、利用しているに過ぎん。帝国の民衆のことなど全く考えていないんだ」
「あの人に何を言われたの?」
「…それは言えない。すまない。俺にも守らないといけないものがある。けれども分かってくれ、クロジンデ。君の手が血で汚れる前に、こんなことはもう終わりにしなくちゃいけない」
「終わりにして、それで人々は救われるの?」
「ローエングラム王朝の連中は腐った連中ではない。俺にとっても長らく敵だったが、だからこそそれだけは分かる。民衆の怒り、不満があることをもう十分に見せつけた。必ずや皇太后は善処しようとするはずだ。彼女の傍には俺の友人がいる。その男は、間違ってもローエングラム王朝が復讐や弾圧に走らぬよう、全力を挙げて説得してくれるはずだ」
「あなたの言う通りかもしれない。そうではないかも知れない。私には分からないわ。暴力に走らぬように全力を尽くしたけれども、それでも略奪や報復をすべては抑えきれなかった。もう、私の手は血で汚れてしまっているのよ。もし、この試みが暴力の方向に走ってしまうのだとしたら、私は内部にあってそれを出来る限り食い止めないといけないわ。これは私の責任よ。
 あなたは私のためにここにいてくれただけなのだから、もうこれ以上付き合う必要はないわ。今となっては、オーディーンを出ればあなたも拘束されてしまうかもしれないけれど、脅されてやむをえず加担しただけと言えばいいわ。私もそれに呼応するような声明を出すわ。あなたは帝国の人ではないのだし…」
 クロジンデの台詞を唇で以て、ポプランは封じた。
「まだ、俺のこと、君の世界とは関係がない男というのか?」
「この濁った世界とは関係がない人であって欲しいわ。私はむしろ、あなたの世界に生きたい」
「行こう。行けないなんてことあるはずがないさ」
「そんなことはもう許されないのよ。分かって」
 クロジンデは立ち上がり、ゾンネンフェルス提督の執務室に向かって歩き出した。
「何をするつもりだ、クロジンデ」
「ブラウン上級大将がテロを拡大しようとしているならばそれを止めなくてはいけないわ。ゾンネンフェルス提督ならば分かってくださるはず」
 クロジンデはそのまま、ゾンネンフェルス提督の執務室のドアをノックした。