Struggles of the Empire 第1章 伝説の終焉(12)

 皇帝ラインハルトの葬儀には参列希望者が多かった。警備の関係から、どうしても3000人以上の規模にはできず、軍関係者においても、准将以下は参列をことわざるを得なかった。そういう状況にあって、皇帝、皇太后、グリューネワルト大公妃、国務尚書マリーンドルフ伯、そして家族同然の付き合いであったヴェストパーレ男爵夫人らが坐る家族席に隣に、イゼルローン共和政府代表として、ユリアン・ミンツ司令官、その婚約者のカーテローゼ・フォン・クロイツェル、そしてアッテンボロー提督の席が設けられたことについて、佐官以下の軍関係者から不満の声が上がった。
「カイザーのために戦った我々がどうしてカイザーの葬儀から締め出されて、カイザーの敵であった者たちが招き入れられているか。納得がいかん!」
 そういう声が強まっているとバイエルラインから聞いて、ミッターマイヤーは首を振った。
「参列者の取捨選択は葬儀委員長たちが決めたことだが、俺が彼らでも同じように差配する。ユリアン・ミンツらは外交使節なのだ。他にそれに相当する者がいないから彼らのみが突出しているように見えるが、外交使節を礼遇するのは当然の話だ。くだらないことで下の連中が騒ぎたてぬよう、しっかり抑えておけよ」
 参列者を代表して葬儀委員長のメックリンガー軍務尚書がまず弔辞を読んだ。
『陛下。陛下は圧政から民衆を解放し、銀河の統一をなすという偉業を果たされました。
 その偉業自体が驚くべきものではありますが、その偉業を成した人がかくもはやくに世を去ると言うことは、その短い人生の中でこれほどのことを成し遂げられたという更なる驚愕と痛惜の思いに駆られずにはいられません。
 残された私たちは、陛下の理想を決してとだえさせることのないよう、努力してゆくことをここに誓います』
 メックリンガーの弔辞は心は籠っていたが、その人の文才からすれば平凡なものだった。こう言う場面で自らの才をひけらかす必要はないとメックリンガーなりの自制が働いた結果であったが、続くゼーフェルト学芸尚書の弔辞がいろいろと物議をかもすものであったので、相対的にメックリンガーの弔辞はものたりないものと受け取られた。
『ゴールデンバウム王朝は今はありません。陛下が壊したからです。陛下は破壊をなされました。創造も行おうとなさったのでしょうが、それはいまだ端についたに過ぎません。天は陛下に創造の時間を与えられませんでした。
 かくも早くに亡くなられたことはあなたの最大の汚点であり、不始末です。あなたは生きなければならなかった。生きなければならないと言う責務を意識されておられたら、病に倒れるというような不覚悟もあり得なかったのではないでしょうか。
 今、帝国は創始者なきものとして残されています。むろん、陛下の鍛錬された役人や軍人もおりますから、すぐにどうこうなるということはありませんが、いろいろなことが難しくなるのは確かです。
 陛下、あなたが理想と言うようなものをもし持っておられたならば、このような不覚悟はあり得なかった。あなたの早世はあなたの理想に殉じた、あるいは殉じる覚悟を持つ私のような者に対する裏切りです。
 この点、私は歴史においてあなたがきっと非難されるであろうことを確信しております』
 学芸尚書によるこの不穏な弔辞は会場をざわつかせた。ざわつきが怒号となる前に、ミッターマイヤーら元帥たちが立ち上がり、会場のざわつく者たちを睥睨した。
 皇太后とグリューネワルト大公妃は、悲しげではあるが穏やかな笑みをたやしておらず、学芸尚書の弔辞に怒りを抱いていないことを態度として示していた。
「あれは非難と言う形をとった強烈な弔意のあらわれだ」
 とケスラーは後にそう評したが、形式のみに囚われて、学芸尚書を批判する声も大きかった。そのため、ケスラーは憲兵隊の中から、学芸尚書の警護にあてる要員を割かなければならなかったが、尚書当人は「何も悪いことはしていない。それで殺されると言うなら死ぬまでの話だ」と警護を断ったので、尚書当人にも悟られぬように警護しなければならなかった。
 後日、これについてユリアン・ミンツと皇太后が話した際、ヒルダは、
「正直に申しまして学芸尚書の弔辞には驚きました。あの穏やかな人となりのうちに、あれだけの激しいものがあったのかと思うと」
 と言った。
「学芸尚書は歴史家でいらっしゃるから、なおのこと、ラインハルト陛下の崩御を惜しまれたのでしょう」
 とユリアンは答えた。学芸尚書にとってラインハルトは単なる上司、単なる皇帝、単なる英雄ではなかったのだろう。人類の歴史を回転させる基軸であり、それが失われたことに、人類史の観点から途方もない損失だと思ったに違いない。
「あのことは歴史について考えさせられる契機になりました。歴史家についても。あなたが歴史家になるのを望んでいらっしゃる理由が少し分かったような気がいたします」
 ヒルダはそう言ってほほ笑んだ。
 帝国歴3年8月5日、ともあれ3時間に及ぶ皇帝国葬が終わった。
 伝説の終焉である。
 そしてここに歴史が始まる。