Struggles of the Empire 第4章 ワルキューレは眠らず(3)

 そして話は、元帥たちにとっては最近の難題である軍縮の話に向かった。
 ケスラーはまさか憲兵隊までもリストラを迫られようとはと苦情を言った。
「百歩譲って軍縮が必要だとしても憲兵隊はその業務がますます拡大するばかりです。ここを削るのは愚の骨頂と言わざるを得ませんな」
 軍縮については案の定、諸提督は反対であり、イゼルローン総督として頻繁に皇太后と連絡を取り、諸般の事情を知っているワーレンのみはぐっと堪えたが、ビッテンフェルト、ミュラー、ケスラーは声を荒げてまで抗議をすることを躊躇わなかった。アイゼナッハでさえ、憤りの抗議文を軍務省に送りつけたのだった。
「そう同じことを何度も言うな、ケスラー。憲兵隊だけ聖域となれば他の者たちが黙っているはずがないではないか。次期計画では増員する予定だから、なんとかそれで回してくれ」
「なんとか?敢えて子供じみたことを言わせてもらいますが、私は好き好んで憲兵総監をやっているのでありませんぞ。軍務尚書なり統帥本部総長なり、いつでも代わってもよろしいくらいです。何ならご自分でやってみてはどうですか、なんとかそれで回るかどうか、ご自分でやってみてはどうですか」
 ケスラーは飲むピッチを上げ過ぎて、どうも絡み酒になりつつあった。
「ケスラー提督、私もミッターマイヤー元帥も役目なればこそ、嫌なことも言っているのです。無理を言って、卿に毒づかれる方も決して楽ではありませんぞ」
「全然楽だね。職を奪われる者、仲間から職を奪うことを強制される者、彼らに比べれば泣き言を言える立場か、卿は」
 そう言われると、メックリンガーも返す言葉もない。新兵を補充せず、自然減を狙えるのならばまだ良かったのが、現在の帝国軍は将兵の9割以上が旧帝国領の出身者であり、今後はフェザーンやノイエラント出身者の比率を高めていかなければならない。規模を拡大せずに彼ら新参者たちを受け入れるだけでも難事であるのに、まして規模を縮小させつつ受け入れるとなると、どうしても既存の要員をリストラしないわけにはいかなかった。
 負けてリストラされるならばともかく、帝国軍は勝ったはずなのに、ざっと見ると貧乏くじはどうも旧帝国の人々のみが引かされているように見える。その不平不満が高まれば、軍人と言えば何と言っても戦闘のプロであるので、彼らの不満を放置しておくのは危険だった。当然、危険が強まれば憲兵隊の任務は激化するが、その憲兵隊の要員も減らそうというのだから、帝国は風邪を治すために四肢を切断しようとしているも同然ではないか。
 ケスラーはそう吠えた。
「旧帝国領の情勢おだやかならざると、これはそういう報告も上がっていますし、アイゼナッハからも注意を怠らぬよう、警告文が先日届きました」
 ケスラーはこれがただの軍だけの問題ではない、帝国の根幹を揺るがせかねない深刻な事態を引き起こしつつあることを指摘した。
「だからこそ。だからこそだ。旧帝国において福祉を確立し、民衆の生活を安定させなければならない。そのためには財政の強化が必要で、軍も負担を負わなければならないのではないか」
 ミッターマイヤーは言った。
アルターラント出身者から職を奪ってですか?現状はとにかくも、軍の9割はアルターラントの出身者、軍は彼らを吸収する最大の雇用者です。軍を縮小させることはアルターラントの疲弊に追い打ちをかけることになるのではないですか」
 ケスラーの言い分に、ミッターマイヤーは口ごもることしかできなかった。同じ思いはミッターマイヤー自身も抱いていたからである。
「おっしゃることはごもっともながら、アイゼナッハ提督が何を言ってきたのですか?」
 メックリンガーは話を戻した。
「言ってきたと言っても、ああいう男だから通信ではなく書簡を通してだが、農民の疲弊、流民の数、小手先の策でどうこうなるレベルとはとうてい思えないとのことだ。今は不気味なほどの諦観が広がり、一見静かだが彼らの怒りが暴発したり、それを組織化しようとする者が表れれば、帝国の崩壊は元の帝国領から始まりかねないと述べていた」
「それが不思議なのですが、内閣に寄せられる総督たちの報告ではそこまでの緊迫感は無く、むしろ数字的には成長の明るい側面ばかりが報告として上がってくるのです」
「それも事実なんだろう。確かに旧帝国領は成長はしている。数字上はな。しかしそこから取り残された人々が膨大にいて、統治機構から切り離された、見捨てられたというか、別の側面から言えば独立した、貧困生活を送っている。彼らにとって帝国は存在しない。いや存在はしているだろう。彼らからささやかな蓄えや『職』を奪うものとして」
「つまり帝国は二重国家化していると?」
 ミッターマイヤーは酔いがいっぺんで冷めたような、深刻な表情を浮かべた。ケスラーは頷いた。
「しかし仮に彼ら流民なり民衆の叛乱が起きたとしても、軍艦の一隻も持たないならば、惑星規模にとどまって抑えられるのではないでしょうか」
「軍務尚書、卿はヴェスターラントの虐殺を我々にさせようと言うのか。たとえ、叛乱者に軍事力が伴わなくても、民衆からの支持を失えば我々にできるのは最善でも放置でしかない。そして放置していれば帝国全土が同様の状況に陥りかねない。艦隊などどれだけ持っていても民衆に見限られたらそれでお仕舞さ」
 ケスラーはそう断言した。新帝国が創建されてわずか4年、状況は思いのほか、急激に悪化していることを、三元帥は認識せざるを得なかった。
「アイゼナッハは苦労しているようだな」
「彼はこれから苦労するのです。今のレベルでは、まだ苦労とは言えない。軍は軍で状況に対応できるよう、アイゼナッハを支援すべきでしょうな。とりあえず、ノイエラントがこのまま収まるようなら、ウルヴァシーのビッテンフェルトを、アルターラントに移すことも検討すべきでしょう。先ほどの話ですが、この状況でミュラーに抜けられるのは本当に痛い。せめて上級大将の連中が、もう少し水準を上げてくれればいいのでしょうが」
 今の若い者は、と古代の昔から年長者は口にするものだが、元帥たちから見て上級大将以下が物足りなく見えるのは単に、後輩を軽く見ているからではなかった。一長一短で、ジェネラルな総合力において、元帥のレベルに達している者はいなかった。上級大将の中でも筆頭に位置するバイエルラインでさえ、ビッテンフェルトと比較しても、様々な面でいまだ見劣りしている。むしろ、ユリアン・ミンツやダスティ・アッテンボロー、キャゼルヌ、ムライらのヤン・ウェンリー一党の面々の方が、ルーヴェンブルンの七元帥に拮抗し得る総合力を持っているように見えた。
 すでに時刻は深夜になろうとしていた。話の先行きが暗くなったところで、元帥たちの新年会はお開きとなった。