Struggles of the Empire 第5章 ロキの円舞曲(6)

 ゾンネンフェルス中将とシュナイダーは階級差があったから、直接会話したことは無かったが、メルカッツとロイエンタールが事務の引継ぎをする際に、その場に同席したことはあった。思えば、ラインハルトの元々の旗下の提督と言えばメルカッツだったのであり、その後任についたのがロイエンタールとミッターマイヤーであった。あのままメルカッツがラインハルトの旗下にあれば、メルカッツは今頃、フェザーンで首席元帥であっただろう。あるいは結局、どこかで袂を分かち、ロイエンタールのように叛逆者として死んでいたかもしれない。そうなれば、帝国同胞団を結成したのはシュナイダーであったかも知れなかった。
「久しぶりと言っていいのかどうか、記憶しているかどうかは分からんが卿とは一度会ったことがある」
「事務引き継ぎの際にですね。閣下がご記憶なさっておられるとは思いませんでした」
「メルカッツ提督についても卿についても、気の毒なことだと思ったのを記憶している。ローエングラム伯の旗下を離れて、立身の機会を失ってしまうのではないかと。ロイエンタール提督はおりをみて、メルカッツ提督と卿を陣営に迎えるよう、ローエングラム伯に進言していたらしいが、その機会が来る前にリップシュタット戦役が起きてしまった」
「成り行き上、私たちはどちらもカイザー・ラインハルトに対して叛逆の立場に立ってしまったわけです。しかし今度は自らのご意思で叛逆をなすおつもりでしょうか」
「単刀直入に言うのだな。『マイン・カイザーをお守りせよ』、それが亡きロイエンタール元帥のご遺命であった。それを思えば好き好んで叛逆するのではない。しかし今日の状況は、銀河を統一するというローエングラム王朝の基本原理に端を発している。それを改めるには王朝そのものと、対決することにひるんではいられない」
「時計の針は逆には戻せないでしょう。ましてゴールデンバウム王朝を復活させるなど、狂気の沙汰です」
銀河帝国正統政府そのものである卿がそれを言うのかね?」
「今現在の私について言うならば、私はもはや民主主義者であると言っていいでしょう。私はヤン・ウェンリーの友人です」
「民主主義者ならばなおのこと虐げられている民衆を無視はできないのではないか」
「彼らは虐げられてはいません。状況に適応できていないだけです。これは生みの苦しみです」
「その生みの苦しみとやらで命を落とす者からすれば、それは詭弁以上には聞こえぬであろうがな」
 シュナイダーはため息をついた。
「閣下、私はあなたと論争をするつもりはないのです。あなたのやろうとなさっておられることが、単なるエゴイズムから発しているとも考えてはおりません。しかし結論だけを言えば、私はあなたに協力するつもりはありません。むろん邪魔もしません。ローエングラム王朝には義理はありませんから。
 私がやるべきことはエルウィン・ヨーゼフ2世の生死を確認し、生きているのであれば一市井の人間として幸福に暮らせるよう算段をつけることのみです。私もそちらの邪魔はしませんからそちらも私の邪魔をしないでいただきたい」
「ところがエルウィン・ヨーゼフ2世を探されては困るのだよ」
「帝国が総力を挙げて探索して見つけられない者をそうそう簡単に私に見つけられましょうか。私がやろうとしていることは実現の可能性が限りなくゼロに近い事業です。そんなものを巡って杞憂に杞憂を重ねてどうこうやりあうのは実にばからしいではありませんか」
「確かにそれはそうだが、万が一見つかれば、卿はともかく当人は皇位を望まないとは限らない」
「エルウィン・ヨーゼフ2世は幼帝でしたが、さすがにあの年になっていれば自分が誰であるのかくらいは分かっていたはずです。もし今生きていて、名乗りを上げていないとすれば、当人がそれを望んでいないからでしょう。それに私が探さなければ、彼が生きているとすれば、彼は放置されるわけです。私が彼を見つければ必ずや皇位を望むことなど愚かなことであると説得するでしょう。彼が生きているとして、そう説得する者が周囲にいるのといないのとでは、どちらが閣下らの利益になるのか分かっていらっしゃるのでしょうか」
「なるほど、さすがに筋の通った見解だ。実はエルウィン・ヨーゼフ2世の話は付け足しだ。それほど固執しているわけではない」
「バルツァー伯爵と閣下は、女帝カザリン・ケートヘンを擁立するおつもりなのでしょうか。それともバルツァー伯爵自身が皇位を望まれているのでしょうか」
「それはまだ決めかねている。ゴールデンバウム王朝の復活は目的ではなく手段に過ぎない。バルツァー伯爵も個人的な野心から皇位を望んでおられるわけではない。女帝の父のペクニッツ公は相変わらず放蕩三昧で、資金を提供すればこちらにたやすく寝返るであろう。ただ、仮にも一時期は正統の皇位占有者であった女帝を擁立すればローエングラム王朝との間での妥協も困難になる。それだけ求心力も強まるがもろばの刃であるのも確かだ。バルツァー伯爵自身が皇位を請求するのが妥当かも知れないとは考えている」
「なるほど妥協をするつもりはあるのですね」
「当然だろう。我々は何も摂政皇太后が憎くてこんなことをやろうとしているわけではない。帝国政府自身が政策を転換するならばそれに越したことは無いのだが、ことが王朝の基本原理に関わるだけに彼らもそうそう銀河系の統一を反故にするわけにはいかないだろう。我々の目的はただ一つ、アルターラント全域、もしくは主要部に関税自主権を認め、他地域の産品、サービスの流入を規制すること、それだけだ」
「それならば何も叛乱を起こすまでもなく、フェザーンの政府を説得すればよいではありませんか」
「それは無理な話だ。ノイエラントが黙ってはおるまい。一方的に銀河系の半分から彼らのみが締め出されれば、銀河帝国に服属する意味がなくなる。自由惑星同盟の復活に向けて、彼らが内乱を起こすだろう」
「そうであれば、フェザーンが妥協を認めるはずもないでしょう」
「だからこそ実力行使をしなければならんのだ。我々が望むものは実力によって勝ち取らなければならない。慈悲によって与えられてはならんのだ。慈悲などは気まぐれでどうなるかも知れんのだから。ともあれ我々はいまだばらばらの民衆に一本の道筋を提示したい。そのためのゴールデンバウム王朝の復権であり、卿の持つ、銀河帝国正統政府の権威を取り込みたいのだが」
「それはお断りいたします。どうしてもと強要なされるならばここで死ぬまでのことです。閣下らが得られるのは私の死体のみです」
「そうなれば、エルウィン・ヨーゼフ2世探索などできなくなるぞ」
「それはやらなければならないからやっているまでの話です。やるだけのことをやって出来ないのであれば、私は何ら天に恥じるところがありません。私がここで死ぬというならそれもまた天命でしょう。すでに多くの友人たちを失くしました。ゴールデンバウム王朝銀河帝国を失い、リップシュタット連合軍を失い、自由惑星同盟を失い、銀河帝国正統政府を失い、イゼルローン共和政府を失いました。私ほど祖国の喪失を何度も味わった者はいないでしょう。ここでこの旅が終わるというなら、私がおぼえるのは無念や恐怖ではなく、安堵のみです」
「…分かった。卿を説得するのはあきらめよう」
「お互いのためにそうなされるのがよろしいでしょう。もし、銀河帝国正統政府の権威が欲しいなら、私以外に適任の者はおりましょう」
「卿は、敢えてその名を出すのか」
「はい。クロジンデ・フォン・メルカッツはメルカッツ提督のご令嬢であり、ゴールデンバウム王朝に殉じたメルカッツ提督の遺志を継ぐべき立場です。実際にはそうではなくても、そう宣伝することは可能です」
「卿は彼女を政治に利用するのには反対するかと思ったのだがな」
「彼女は既に覚悟を決めています。ならば、徹底させるのが当人にとっても良いことです。彼女の人生は彼女のものです。メルカッツ提督が平穏な生活を送るよう望んでいたとしても、選ぶのは彼女です」
 この面談を終えて、いよいよシュナイダーはオーディーンを後にした。
 アルターラントで為すべきことはすべてやったつもりであった。
 後のことはこれからこの地で生きてゆく人々の責任であった。シュナイダーは、幼帝を利用したという自分自身の責任に決着をつけなければならなかったのである。