Struggles of the Empire 第5章 ロキの円舞曲(4)

 ロイエンタールの叛逆後、ミッターマイヤー元帥は、我が功に代えてもロイエンタール旗下の将兵たちに寛大な処分をとるよう、カイザー・ラインハルトに進言した。帝国軍の相打ちとなったこの悲惨な事件は、その後の処断において甘すぎれば統制の秩序を乱し、厳しすぎれば出血を更にはなはだしくさせる恐れがあった。ミッターマイヤーの寛大論に対して、厳正な処断を要求したのはオーベルシュタイン元帥であった。
ロイエンタール元帥の下においてその名に従わざるを得なかった佐官以下の将兵については、いかなる処分もなす必要はない。しかし将官については、この叛乱がロイエンタール元帥個人の暴走なり、あるいは矜持の結果であったとしても、両軍において膨大な死傷者が生じたことについての責任があろう。彼らには元帥をとどめえなかった将帥としての責務がある。責務があればこそ彼らは地位を得て高禄を食んでいるのであり、軽々しく同情論によって彼らの罪を指弾しなければ、戦場の露となった兵たちにとっては、許しがたい裏切りであろう」
ロイエンタールはすでに死んだ。その幕僚たちも幾人かは戦死し、ベルゲングリューンのように自裁した者もある。このうえ、仲間内で争って何の益があろうか」
「ミッターマイヤー元帥は、何か考え違いをなされておられるようだ。我々が今話しているのは既に死んだ者についてではない。生き残った者についてである。ベルゲングリューンのように裁きをも拒み、敗戦においては裁かれるという幕僚の責すら擲った者の例が何の免罪になろうというのか」
「例というならば軍務尚書自身の例はどうなのか。卿はかつてイゼルローン駐留艦隊司令官ゼークト大将を補佐しながら、その愚行を止められなかったばかりか、戦線を離脱して、こうして生を長らえているだけでなく、卿自身の表現を借りれば地位を得て高禄を食んでいる。卿自身の責任を卿はどうして問わないのか」
「ゼークト大将と比較するのはさすがにロイエンタール元帥に対して礼を失するものであろう。ゼークト大将は愚昧にして、進言を聞くような人ではなかった。ロイエンタール元帥は、誠心誠意説得すればそうではなかったであろう。それにゼークト大将の愚行の結果はイゼルローン要塞の陥落と多くの将兵の死というさんさんたる結果であったとは言え、彼は帝国に対して叛逆したわけではない。為したことの重みがまるで違う。ロイエンタール元帥の幕僚たちは、ロイエンタール元帥個人の私兵ではなく帝国によって養われている者たちである。説得がかなわなければ、事が叛逆という重大事であったのだから、彼らが帝国への責任を自覚していればロイエンタール元帥を射殺するべきであった。そうする機会はいくらでもあっただろう」
ロイエンタールを裏切ったグリルパルツァーをならば卿は擁護でもしてみるか」
「彼が処断されるのは地球教が関与していたという情報を隠匿していたからであって、ロイエンタール元帥に刃向ったからではない。ロイエンタール元帥に切っ先を向けたこと自体は、その動機が何であれ正しいことであった。旧友に刃を向けた、ミッターマイヤー元帥、卿自身の行動がなんら非難されるべきではないのと同じように」
 この両者の舌戦は、ラインハルトの前で、ただ彼ら3名のみでなされた。
 ラインハルトにはロイエンタールの幕僚たちを苛烈に処断する意思は無かったが、オーベルシュタインが指摘するように組織には体裁というものが必要である。生き残った幕僚たちのうち、ゾンネンフェルス、ディッタースドルフらについては、一ヶ月の謹慎の後、一階級降格、ただし復帰時に昇格、一年間の減給処分とした。
 なされたことの大きさに比べれば処分は寛大に過ぎたが、ノイエラント統治に精通している彼らを、ここで放逐してしまうわけにはいかないという体制側の事情もあった。
 ディッタースドルフはその後、ワーレン艦隊に配属され、ワーレンを補佐してハイネセンの治安維持活動に尽力している。政権が摂政皇太后ヒルダに引き継がれてからは、ワーレンと共に、イゼルローンに赴任していた。
 彼らとは生き方を訣したのはゾンネンフェルスであった。ひとりぐらいはまともに処分される者が必要であろうということで、ゾンネンフェルスは懲戒処分を求めた。オーベルシュタインは望み通りの処分を下そうとしたが、ラインハルトの意を受けて、ミッターマイヤーが介入し、「話し合い」の結果、懲戒退役、ただし降格は無し、恩給については規定通り支払われることが決定された。
 ゾンネンフェルスはこうして、軍を退役し、故郷である旧帝都オーディーンに舞い戻ったのであった。
 ゾンネンフェルスはロイエンタールの旗下ではあったが、別にローエングラム王朝に反感を持っていたわけではない。むしろその逆であった。経緯はどうであれ、叛逆という重大な結果を止められなかった自分に対して寛大な措置を下してくれた皇帝ラインハルトとミッターマイヤー元帥には感謝していたし、オーベルシュタインに対しても言っていること自体はもっともだと考えていた。本人としては、このまま隠棲するつもりであったのである。ゾンネンフェルスにはそれなりの蓄えがあり、仮に恩給がなかったとしても、生活に困るようなことはなかった。
 久しぶりの旧帝都を見て、その余りの惨状ぶりがゾンネンフェルスの安らかな隠棲生活を不可能にした。オーディーンは惑星単体で総督府をなし、ヴァルハラ星系全体を管轄するヴァルハラ星系総督府も置かれていたが両者の組織は兼任されていた。知己を頼って総督府接触したゾンネンフェルスは、担当者から膨大な資料を示されて、かくかくしかじかで、総督府は高い経済成長を実現している、ご心配には及ばないと言われたのみであった。
 多くは正規の手続きを経ていない流民たちは、統計上は存在しないことになっていて、行政から黙殺されていたのである。この時期、オーディーン総督兼ヴァルハラ総督の任にあったのは元内務官僚のシュタインベッツであったが、彼は人事のローテーションでこの任にあっただけであり、今後のローテーションを維持するためにはそれなりの実績を保持することが求められていた。そのため、見たくないものは無視する傾向があった。
 アルターラント方面軍司令官としてオーディーンに着任したアイゼナッハはそういうことはなく、彼は見た通りのことをフェザーンに報告し、フェザーンは主に彼の報告によって旧帝都の抜き差しならない状況を把握した。アイゼナッハは危機の到来を予感していたが、行政機構に干渉することはできず、干渉できたとしても事は単に一総督の失態が原因ではないので、どうすることも出来なかった。手をこまねいていたのは帝国政府も同様であった。
 摂政皇太后ヒルダの主導で、農民に対する生活支援や職業訓練が行われるようになってはいたが、不十分であり、流民はわずかに発生は減少したが、なおも発生を止められなかった。更に既に流民化した者たちについては行政も実態を把握していないこともあって、何の措置も取られなかった。
 ゾンネンフェルスがこうした状況で、困窮化した流民の支援に乗り出したのは、海洋に一滴を投じるほどに無力な行為とは分かってはいたが何もしないわけにはいかなかったからである。やがて彼の下において、協力者や元軍人たちが集うようになり、活動は組織化され、「帝国同胞団」を名乗るようになったが、この組織は当初は純粋にボランティア団体であった。
 この組織の活動を支えるために、ゾンネンフェルスは足を棒にして知己や知己以外の者たちから支援を得られるよう頼み込んだが、資産家として知られるバルツァー伯爵がスポンサーとして全面協力をすることになった。その代わりに、「帝国同胞団」はバルツァー伯爵を代表とし、その考えによって再編されることになったのであった。
 バルツァー伯爵はこうなった原因の根本を提示し、おおもとを変革しなければならないとゾンネンフェルスに教授した。以後、バルツァー伯爵とゾンネンフェルスの指導の下で、帝国同胞団は私兵集団化していったのであった。