Struggles of the Empire 第2章 十一月の新政府(12)

 新帝国暦3年11月13日、法定選挙活動期間が終了し、投票は翌々日と言うこの日、ユリアン・ミンツとカーテローゼ・フォン・クロイツェルの結婚式が行われた。旧自由惑星同盟では、役所での結婚式が普通であり、ユリアンとカリンも互いに特に信仰もないので、役所婚を選択した。
 ハイネセンポリス第9区247公民館は、そうした結婚式が行われる設備としては比較的規模が大きいものであったが、それでも収容人数は150名程度であり、「ヤン・ウェンリーの嫡子」の結婚式に参列したい希望者すべてを招くわけにはいかなかった。思い切って、イゼルローン共和政府最高幹部会とその家族だけを招くことにし、それ以外には、ムライ中将、ホアン・ルイ、カールソン夫妻、ユリアンの学生時代の親友数人、カリンの同期何人かが招かれただけだった。
 ミンツ家側の控室には、代母としてフレデリカ、代父としてキャゼルヌが詰めていた。フレデリカはヤンの写真が収められた小さな写真立てを手にしていたが、
「持ってきているんでしょう?」
 とユリアンに言い、差し出すことを求めた。
「何をですか?」
「あなたの実のご両親の写真よ」
 そう言われて、手荷物の中から、5センチ四方のコンパクトに収められた両親の写真をユリアンは取り出した。
「とても素敵なお二人ね」
「ありがとうございます」
 幼くして死に別れた両親であったが、息子として当然の情として、この式を遠くから見ていて欲しいとユリアンは思ったが、ヤンやフレデリカに対する手前、写真を持ち出せないでいたのである。ユリアンの性格から言って、当然、両親の写真を持参してきているはずだと見ぬいたフレデリカは、きちんとユリアンの両親に見てもらうため、写真を提出させたのである。
「式の間は、ヤン提督の写真と一緒に、私がご両親の写真を持っておきましょう。晴れ姿をきちんと見て貰いましょうね」
 ユリアンは感謝をこめて、頷いた。
 ヤンとフレデリカが結婚した時、ユリアンはもちろん心から祝福したが、その奥深くを覗けば、嬉しいばかりではない感情があったのも確かだった。フレデリカはユリアンにとっては憧れの女性だったから、ヤンに対するかすかな嫉妬もあったし、ヤンをとられてしまうようで、フレデリカに対する嫉妬の感情もあったのである。しかし今は、ヤンがどうしてフレデリカという女性を愛したのか、よく分かるし、ヤンとフレデリカが夫婦としての時を過ごしたことを、ヤンのためには本当に良かったと思えるユリアンだった。
 花嫁の方には、代母としてキャゼルヌ夫人が付き添って、あれやこれやと世話を焼いていた。そこへ、代父を務めるリンツ大佐が、小脇に荷物を抱えて、控室に入ってきた。
「あら、花婿さんより先に花嫁さんを見ちゃ駄目ですよ、リンツ大佐、と言いたいところですが、今日は父親代わりでいらっしゃるんですから、見て貰ってもいいわよね。どう、カリンはすごく素敵な花嫁さんでしょう?」
 キャゼルヌ夫人がリンツの方に顔を向けるようカリンを促すと、そのあでやかさは大輪の花が今日を永遠として咲き誇っているかのようであった。
「悪くはない」
「もう、リンツ大佐ったら、そればっかりなんだから」
 カリンは少し膨れて見せた。それに慌てて、
「悪くはないよ。と言うか、綺麗だよ。カリン」
 とリンツぶっきらぼうに、しかし心からそう言った。カリンは目を伏せて、小さな声で、
「ありがとうございます」
 と言った。
「式が終わったらそのままフェザーンに行ってしまうと聞いたから、こう言う時だが、言っておきたいことがある。君がどう考えているかは分からないが、ブリュンヒルトに突入する前に、シェーンコップ中将は死を覚悟なさっておられたのだろう、ローゼンリッターの将兵たちひとりひとりに、もし自分が死んだら君のことを頼むと言っておられた。もちろん世間的に見れば足りないところばかりの父親であったかも知れないが、死を覚悟して最後に気にかかったのは君のことだったのだから、彼の本当の気持ちがどうであったのかは明らかだと思う。どうかそれだけは分かってあげて欲しい」
 それを聞いてカリンが泣きそうな顔になったので、キャゼルヌ夫人が慌ててカリンの目の下にハンカチを押し当てた。
「泣いちゃ駄目よ、カリン。お化粧が落ちてしまうから。リンツ大佐、どうぞこの子を泣かせるようなことはおっしゃらないでくださいな」
「すいません。粗相ついでに、これも渡しておくかな。結婚祝いを何にしようか迷ったが、結局こんなものしか思いつかなかった」
 リンツは額装された小さな油彩画を取り出して、カリンに渡した。
「下手ながら私が描いたものだが、よかったら受け取ってくれ」
 それは肖像画で、中央に足を折って坐っているユリアンとカリンを取り囲んで、ヤン、シェーンコップ、そしてフレデリカが微笑みながら立っていた。
 この結婚が、ヤン家とシェーンコップ家のものでもあることを示していた。
 その絵を受けとって、カリンはついにたまらず大粒の涙を溢れさせたが、警戒していたキャゼルヌ夫人がすかさずハンカチをおしあてて、幸い化粧は無事であった。
「ありがとうございます、リンツ大佐。新居の居間に飾らせていただきます。でも、もうひとつだけいただきたいものがあるのですが」
「なんだね」
リンツ大佐や、ブルームハルト中佐、ローゼンリッターの方々の肖像も描いていただきたいと思います。私にはそれをいただく資格があると思います。私はワルター・フォン・シェーンコップの娘、ローゼンリッターの娘なんですから」
 今度はリンツがほろりとさせられる番だったが、リンツはさすがに平然を装って、
「分かった。絵が完成したらフェザーンに送ろう」
 と言った。

 この日、ユリアンとカリンは互いを互いの半身とすることを誓った。ふたりはミンツ夫妻という集合名詞になり、新しい人生を始めるべく、惑星ハイネセンを後にしたのだった。