Struggles of the Empire 第2章 十一月の新政府(8)

 バグダッシュはハイネセンポリスで行われた直近の世論調査の数字を示した。
「これは、かつての情報部のつてで行わせた世論調査ですが、ハイネセンポリスでは、我々、ヤン・ウェンリー党の支持率は各地区で若干の開きはありますが、おおむね85%というところです」
「それはほとんど、冗談のような数字だな」
 デッシュ准将が言った。
「戦争に勝利した直後の指導者の支持率がこれくらいになることはありますが、そういう数字は遠からずに急落します。総選挙が予定されている十一月まで、一ヶ月以上の間があくことを考えますと、だいたい65%前後で落ち着くのではないかと見ています」
「それでも十分に高い数字だな。この分なら過半数確保は間違いなさそうだ」
 キャゼルヌのその言葉に、バグダッシュは首を振った。
「ずいぶん欲が小さいことだ。選挙制度次第ではこれは十分に議席独占が狙える数字です」
「それが小選挙区制、ということですね」
 フレデリカに対して、バグダッシュは頷いた。
 仮に全議席を600議席としてそのすべてを小選挙区に割り当てる。各選挙区で、ヤン・ウェンリー党が第一党になることは難しくなく、小選挙区制においては第一党が議席を総取りするから、この制度を用いれば、議席独占も難しくないのである。
「逆に言うと、民主主義としてはそれは問題があるのではないでしょうか」
 アシュール中佐が発言を求めた。彼はもともと、ヤン・ウェンリーの帷幕ではなかったが、ヤン・ウェンリーがもっとも不利な時期、ヤン・イレギュラーズを率いていた時に、敢えてヤン艦隊に合流した筋金入りの民主主義者であった。
「健全な議会内野党が形成されないようでは、民主主義としては欠陥というしかありません」
「そうは言っても、勝利のために全力を尽くすのは当然ではないか」
 コリンズ大佐が口を挟む。しかしアシュールは首を振りつつも、譲らなかった。
「先日、バグダッシュ大佐は我々の決定にバーラト星系の住民の未来がかかっている、生かすも殺すも我々次第だとおっしゃいました。ならばまず我々は自分たちの党派的利益を優先するのではなく、星系の未来にとって何が一番いいのかを優先して考えるべきです。小選挙区制は我々が圧勝し過ぎる可能性が高いために、星系の未来を歪めかねません。私はこの制度には反対です」
バグダッシュ大佐の意見は?」
 キャゼルヌが当のバグダッシュに見解を促した。
「アシュール中佐の言ったようなことを先日、当の私自身が申しましたが、実を言うと、私はアシュール中佐ほど割り切れてはいません。確実に勝てるなら、その制度で勝負をしたい。しかし実際問題として、小選挙区制は有権者を確定させる作業がかなり手間取ります。バーラト星系はもともと人口の出入りが激しい場所ですし、自由惑星同盟が滅亡して以後、きちんとした国勢調査が行われていません。他星系に移住した人も多いでしょうし、銀河帝国から新たに住民となった人も相当いるでしょう。それらすべてを短期間に確定させるのはほぼ不可能です。小選挙区制を採用するならば少なくとも一年は猶予が必要でしょうし、一年も選挙を行わなければ、ヤン・ウェンリー党は独裁をはかっていると痛くもない腹をさぐられることになりかねません。それで将来的にはともかく、今回は比例代表制を採用するのがいいと思います。比例代表制ならば、選挙区の区割りは必要ありませんし、投票所で、指紋登録がなされている市民であることさえ確認できればいいんですから、管理は格段に楽です」
「ただ比例代表制なら、そんなに簡単には勝てないだろう」
 マリノ准将が言った。
「もちろん、比例代表制では我々が過半数をとるためには、50%以上を得票しなければなりません。場合によっては連立を組まなければならないでしょう」
 議論がなされて、やはり比例代表制が適当だと言うことになった。
 ヤン・ウェンリー党として候補者の選定に直ぐに入ることになり、バグダッシュが選対本部長となり、これにあたることになった。また、党代表にフレデリカ・ヤン、幹事長にキャゼルヌが充てられることも決定された。両者は比例代表候補者名簿の第一位と第二位に記載されることになった。
「おそらく300位までは安全当選圏内です。最高幹部会の面々はすべて上位に名を連ねていただくことになりますが、よろしいでしょうか」
 バグダッシュがそう言った時、リンツが手を挙げた。
「申し訳ないが私は辞退させていただきたい」
ヤン・ウェンリー党から抜ける、ということでしょうか」
 バグダッシュからの問いかけに、リンツは首を振った。
ヤン・ウェンリーの下で戦ったことは私の生涯の誇りだ。追い出されるならばともかく、自ら望んで、ここを離れることはない。ただ、私は一介の軍人であり、どう考えても政治家として適性が無い。他にやる者がいないなら仕方がないが、ハイネセンで希望者を募れば私などよりも適格者がきっといるだろう」
 リンツの言葉に対して、フレデリカが発言を求めた。
リンツ大佐。私としても何かしら強制することはしたくありません。ただ、ハイネセン到着後、軍は解散することになっています。軍はもうなくなるのです。当然、軍人であることもかなわなくなります。第二の人生をどうか政治家として、私たちと一緒に歩いてくださいませんでしょうか」
「もう軍人でいられないのは承知の上です。ヤン艦隊が解散するからと言って、今さら帝国軍に入るつもりもありません。ただ、それに類似した警察官なり、航路保安局なりに勤務できないかと思っています。それが無理なら民間の警備会社に入るつもりです」
 士官学校は将来、ジェネラル(将官)となり得る人材を養成する。そしてジェネラルは単に軍事のみならず、政治や文化、総合的(ジェネラル)に通じていなければならない。ぼんやりとしていたヤン・ウェンリーであっても、歴史や政治については一家言を持っていた。士官学校卒業者にとっては、軍人から政治家への転身はそう違和感がないものである。
 しかし戦技によって階級を上昇させてきた、士官学校卒業者ではない職人肌の軍人も一方にはいて、例えばオリビエ・ポプランがそうだった。そういう軍人というよりは戦士というタイプの人間にとっては、軍人から政治家への転身がとてつもなく垣根が高いものに思われるのかも知れない。ローゼンリッター連隊はそういう意味で、戦技のプロフェッショナルの集団であって、転身が最も難しい部類に入っていた。
 けれども、とフレデリカは思う。シェーンコップ中将は策謀好きで、政治家になったら嬉々として政治活動を行っただろうと思う。彼の場合は逆に下士官からキャリアをスタートさせなければならなかったことが不本意であって、性格的には白兵戦の指揮を執るよりも、それこそジェネラル向きだったのだろう。
 リンツがシェーンコップとは違うと言うことで、リンツを責めてはならなかった。
「分かりました。ご希望に沿うようにいたしましょう。けれども、私たちの前から突然、去るようなことはなさらないでくださいね。警察なり航路保安局なりに必ず適当なポストを用意いたしますから」
 リンツが謝意を込めて、頷いた。
 候補名簿作成にあたっては、ハイネセンにすでにいるアッテンボローユリアンらに協力を依頼し、めぼしい候補者の選定にあたってもらうことにした。
「なにしろこちらはしばらくハイネセンを離れていたからな。あちらの状況に詳しい奴が欲しい。ムライにはこの際、復帰して貰おう」
 隠居生活に入っているムライを何が何でもひっぱりだす、とキャゼルヌは言った。全体を仕切れる事務屋が余りにも少ないのである。ムライがいた頃はムライと手分けをしていたものが、ムライがいなくなってすべてキャゼルヌに集中するようになってしまった。キャゼルヌとしては恨み骨髄に達す、である。
「誰がのんきな楽隠居なんかさせてやるものか。戻ってきたら幹事長代理だ」
「それと旧同盟でも名が知られていた政治家に参加していただきたいですね。私たちは未経験者ばかりですから」
 フレデリカはそれも踏まえて選定にあたるよう、バグダッシュに指示をした。ホアン・ルイあたりを引き入れることが出来ればいいと、述べた。
「了解しました。それとは別途にですが、ヤン夫人には、組閣の準備にあたっていただきたいと思います。ヤン・ウェンリー党が政権を取るのはほぼ確実なのですから」
 フレデリカは頷いた。
 その夜、寝る前に試しに組閣名簿を作成してみた。

 首相 フレデリカ・グリーンヒル・ヤン
 内閣官房長官 バグダッシュ
 外務大臣 ダスティ・アッテンボロー
 財務大臣 ―
 金融大臣 ―
 内務大臣 ―
 厚生大臣 ―
 教育大臣 ―
 交通大臣 デッシュ
 産業大臣 ラオ
 総務大臣 ―

 手持ちの人材で言えばこれがぎりぎりだった。文官がいないせいでもあるが、果たしてこれで政権運営なんて出来るのだろうかとフレデリカはため息をついた。