Struggles of the Empire 第8章(終章) 両雄の勅令(5)

 地球は900年に及んで汚染され、そこに居住していた人々は、辺境惑星としてはそれなりのボリュームである2000万人を数えていたが、彼らの大半は地球教徒であり、ヒマラヤ山中の地下シェルターで生活をしていた。しかしその人々もワーレン艦隊による地球教本部攻撃によってちりぢりになり、地球は行政単位としては帝国から放置され、どれほどの人間がいるのかは定かではなかったが多く見積もっても5万人は上回らないであろうと思われた。
 ただし、地球表面のすべてが汚染されているのではなく、地球環境は次第次第に回復していて、一部の地域では居住可能なレベルにまで、自然浄化されつつあった。そのことをイワン・コーネフが知ったのは地球教徒本部に潜伏するために下調べをした時であって、アラスカ、マダガスカル、モンゴル、イースター島などにごく小さなコミューンが地球教とは関係なく成立していた。それらのうち最大のものが東アフリカの大地溝帯にあり、人口2000人程度の村が成立していた。
 イワン・コーネフはその妻の「コーネフのおかみさん」と共にその村にたどり着くと、周辺の荒野を開拓し、数年のうちに農場を成立させた。村人の多くも元は流浪の身であったので、コーネフたちの素性を詮索せずに、村人の仲間として受け入れた。
 他の星系どころか惑星内の他の地域ともまったくと言っていいほど交流がなく、孤立していたその村では、技術レベルは西暦10世紀のレベルにまで後退していた。畑を耕すにしても、人力で鍬をふるって耕すのであり、肥料もそれ用に育てたマメ科の植物などを堆肥として用いた。
 何事につけてもお祭り好きなコーネフは自分たちの生活が安定すると村のあれこれに首を突っ込んで、やがて村長に担ぎ上げられるのだが、それはその小さな村での小さなお話である。銀河系の他の地域では誰も知りもしないし、知ったところで耳を右から左へと流れてゆくだけであろう。
 それでもその小さな世界で、小さな日々を送って、それでコーネフとコーネフのおかみさんは幸福であった。ふたりともさいわい長寿であり、亡くなる時は多くの子供と孫、ひ孫たちに見送られて、粗末な手作りの墓に葬られたが、コーネフのおかみさんは生まれ変わるとしても、やっぱりこの村でコーネフと暮らしたいと言った。2年前に夫を見送った老婆のそれが最後の言葉であった。口にする前に息絶えたので、彼女の子供たちはその続きの言葉を聞けなかったが、「間違っても帝都で貴族の娘なんかには生まれたくない」と続いたはずであった。
 イワン・コーネフと開拓者たちが畑を広げ、収穫に一喜一憂する生涯を終えても、地球はなお辺境であった。銀河帝国は公式にはこの惑星への立ち入りを禁止していて、地球に生きる人々は、帝国の版図に生きながらも帝国とはまったく無縁に生きていた。
 それでも魚は絶え、鳥も消えたこの惑星にあっても次第次第に緑は人々の営みによって回復していった。地球の丘と言う丘が再び緑に覆われる頃、この惑星は再び、生命の聖地としての実質を取り戻すのかも知れない。銀河系規模で見れば、ほんの一瞬に過ぎないイワン・コーネフ一代をかけてもそれは途方もない先の話であった。けれども、種をまく人がいる限り、いつか花は実を結ぶ。99億回失敗しても、最後の一回成功したならば、それは確実に未来につながってゆくのであった。